ドキドキの判定日。正直、どっちとも全然わからなかったけど、ダメという気がしなかったから、きっと大丈夫だろう、と思っていた。ただ、今朝、急に体温が下がったので、それで気づくべきだったのかもしれない。
2時間以上待って、呼ばれたのは予約していた院長ではなく、初めての女医さんだった。
「hCG、低いですね。今回は残念ながら‥。この値が0.5以上なので、2周期おやすみして治療再開です。多分今週中に生理が来ると思うので、d3に来てください」。
えっと、頭がうまく回らない。ダメだったのか。そりゃ確率は50/50だけど、卵が最高にきれいな四分割だったので、期待していた。
質問することも浮かばず、すごすごと外に出る。
思った以上にショックだった。放心状態。
しかも2周も休まないといけないとは。ダメだったら、できることなら、続けて採卵したいと思っていたのに。来月は誕生月だから、いいことあるかもと願掛けしようと思っていたのに。
これでは43歳で出産という夢すら危うい。いや、ずっと危うかったけどどんどん厳しくなる現実。
呆然としながらも、受付の人に助成金申請の書類を依頼する。最初で最後の申請になる。30万円の補助が受けられる(はず)のがせめてもの救い。
そして、改めて思った。この精神的ダメージ、せめてお金の心配を減らしてもらえれば、少しは軽くなるのに、と。失敗だと一回50万円近い出費が無に帰す。心身共にダメージしか残らない。これじゃますます成功する可能性が下がるんじゃ。
気持ちを切り替えないととわかりつつ、負のループが始まる。「もうやだ、消えたい、この世から」とぐるぐる。そしてそう思ってしまう自分がほんとにやだ、とますます落ち込む。ああヤダ。
2016年、最愛の一人娘を3歳で亡くし、再び前を向いて生きるために、40歳にして妊活開始しました。 まさかこんなに大変だとは‥ なかなか願いは実らず 2018年43歳になってしまいました。何度も落ち込んだり絶望したりしながら、少しずつ進んでいることを信じて。
2018年10月22日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
中退
判定日の2日ほど前から、少し茶色いおりものが出たりしたので、これは生理の始まる前触れか。もしかして着床出血ってやつ?ともかすかに思ったけど、でもやっぱり残念な方だろう、とほぼ覚悟は出来ていた。 果たして、βHCGは見事な「0」だった。 先生は「お役に立てなくて申し訳ありませ...
-
2日間、忘れずにワンクリノンを使い続けた。 朝6時に起きる予定が、夫のイビキと、寝坊したらどうしよう、と緊張していたせいもあり、5時に目が覚めてしまった。その後眠れず、眠りも浅かったので、かなり気分が悪い。 日曜日なので、夫も一緒にクリニックへ。 7時に家を出たら8時半まで...
-
ワンクリノンを使用し始めて思い出した。 使っている間、必ず夜中にトイレに行くたくなる。しかも多い時には2回。 移植時、靴下を脱いだ足を見て、跡がすごいなーと思いながら観察していたのだけど、移植が終わっても跡は消えず。いつもこんなにむくんでたっけ?と思っていたけど、ワンクリノン...
-
体温は、ET8に一旦下がって、その後36.7台と持ち直し。 ところが、判定日の本日になって36.50と下降。前回の移植時と同じパターン。 どよーんと落ち込み。行きたくないなあと思いながらクリニックへ。 日曜日だからか、指定時間は9:00-13:00。11時半ごろ着くと、案の...
0 件のコメント:
コメントを投稿