判定日の2日ほど前から、少し茶色いおりものが出たりしたので、これは生理の始まる前触れか。もしかして着床出血ってやつ?ともかすかに思ったけど、でもやっぱり残念な方だろう、とほぼ覚悟は出来ていた。
果たして、βHCGは見事な「0」だった。
先生は「お役に立てなくて申し訳ありませんでした」と言ってくれたが、病院でやれることはやってくれたと思う。300万円近くも払ったのだから、結果を出してくれよ、と責めたい気持ちも無くはない。でも医者が根本的に出来ることは無いともわかっている。全ては卵子の力次第なのだから。
「あなたの卵巣の状態は、年齢にしたら悪い方というわけではないので、自然に出来ないとも限らないし、再開したくなったらいつでもお手伝いしますよ」
と形だけかもしれないが、一応慰めの言葉。
でも44歳は妊娠反応が出ても流産が75%だとか、移植しても出産まで至るのは2%だとか、絶望的な数字もいろいろ言われたので、実際奇跡でも起こらない限り笑顔で卒業出来る人はほとんどいない。
涙は出なかった。もう諦めていた。最後だからと夫も一緒に来ていたので、記念に近くでご飯を食べ、RHCでお茶をして帰ろうと決めていた。
RHC(ロンハーマンカフェ)は、最初に採卵した日に入って以来。ここのレモンタルトがとても美味しかったので、うまくいった時はご褒美にしよう、と思っていたのだけど、結局最後までうまくいくことは無かったので、これまで頑張った記念。甘酸っぱくて美味しかった。
それから、これまでご苦労様記念にBshopでコートを買った。
落ち込むのは明日からだ。
2016年、最愛の一人娘を3歳で亡くし、再び前を向いて生きるために、40歳にして妊活開始しました。 まさかこんなに大変だとは‥ なかなか願いは実らず 2018年43歳になってしまいました。何度も落ち込んだり絶望したりしながら、少しずつ進んでいることを信じて。
2019年12月30日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
中退
判定日の2日ほど前から、少し茶色いおりものが出たりしたので、これは生理の始まる前触れか。もしかして着床出血ってやつ?ともかすかに思ったけど、でもやっぱり残念な方だろう、とほぼ覚悟は出来ていた。 果たして、βHCGは見事な「0」だった。 先生は「お役に立てなくて申し訳ありませ...
-
2日間、忘れずにワンクリノンを使い続けた。 朝6時に起きる予定が、夫のイビキと、寝坊したらどうしよう、と緊張していたせいもあり、5時に目が覚めてしまった。その後眠れず、眠りも浅かったので、かなり気分が悪い。 日曜日なので、夫も一緒にクリニックへ。 7時に家を出たら8時半まで...
-
ワンクリノンを使用し始めて思い出した。 使っている間、必ず夜中にトイレに行くたくなる。しかも多い時には2回。 移植時、靴下を脱いだ足を見て、跡がすごいなーと思いながら観察していたのだけど、移植が終わっても跡は消えず。いつもこんなにむくんでたっけ?と思っていたけど、ワンクリノン...
-
「ホルモン値は順調に上がってきましたね。これなら1週間後に移植できます。今日の夜、スプレキュアを使ってください。」 排卵時に移植だと思っていたので、一瞬ぽかんとしてしまった。 そうだった、胚盤胞移植だから、排卵から1週間ぐらい空くのだったか。 診察室を出て、前回のタイムス...

0 件のコメント:
コメントを投稿